はじめに

『薩摩なた豆』に関わっている歴史上の人物を紹介します。
鹿児島の青く高い空にゆらりと揺れる薩摩なた豆。その赤い豆の一粒ひと粒にはナタマメをめぐる歴史や大地の恵み、私たちのカラダを元気にしてくれる不思議なパワーがぎっしり詰まっています。今回は『薩摩なた豆』に関わっている歴史上の人物について紹介します。

1天璋院篤姫

薩摩藩の11代目藩主で富国強兵や殖産興業に着手し国政改革にも貢献した幕末の名君『島津斉彬』の養生で、13代目将軍徳川家定の正室となり鹿児島と江戸を繋ぐ人物でした。

大河ドラマ『篤姫』では篤姫が小松帯刀(肝付尚五郎)が薩摩から初めて江戸に旅立つときに、なた豆を贈られるというシーンがありました。上へ上へと伸びたツルが、また下の方へ戻ってくることから、『旅人などの無事の帰着を祈る』という意味がこめられています。昔から地方では縁起のよいものとされ、『旅にでる時はなた豆を食え』とか『なた豆を持たせよ』との習慣があったようです。

当時の薩摩地方の食生活は、サツマイモやなた豆などの豆類、雑穀を中心としたものでした。豆類や雑穀などが健康食材として注目されている現代からみれば、簡素であってもそれは立派な「健康食」と呼べるものであったはず。篤姫や帯刀も、幼少時からビタミンやミネラルたっぷりの食材を食べてすくすくと育ったことでしょう。